英語コラム1 高校、受験英語から「本当の英語」へクリニック
日本の英語教育受験英語は意味が無い、英語が話せない、しゃべれない日本人の諸悪の根源。。。
世間でよく聞く意見の代表ではないでしょうか?文部科学省はついには小学生からの英語教育に手を出そうとまでしています。我々日本の教育制度で育った「一般人」が本気で「英語」を極め、そして言語として使おうとした場合、まずはこの定説が真実なのかどうか、そして問題点を正確にとらえてターゲットに効果的に迫っていかなければなりません。
第一の疑問ですが、そもそも日本の中学から始まり大学受験で終わる「日本型英語教育」は、果たして言語学的に如何なるものなのでしょうか。そこまで間違っているのでしょうか。徹底的に調べていきましょう。
言語学の中でも、「第二言語習得」の分野では、Andersonという有名な学者が80年代に第二言語習得についての理論を発表します(Anderson, 1983, 1985)。それ以降様々な学者が補強し新たなデータを盛り込んで、今では金字塔となっています。作者は自分自身の経験、そして多大なる英語学習者を観察によっても、この理論が一番理にかなっているのではないかと思っていますので、これを軸に論を進めさせて頂きます。
Andersonの説によれば、言語習得は二つの知識によって成り立ちます。
1段階目:Declarative Knowledge
言語体系のルール(文法、単語)を覚えている
2段階目;Procedural Knowledge
覚えた知識の応用、実践出来るようになる
この1段階目から2段階目への効率的な移行が、第二言語習得という学問の最大のトピックになる訳です。そしてその最終目標は、自然と第二言語が使えている状況(High Degree of Automaticity)という訳です。日本語でよくいう、「ベラベラ」という感じでしょうか。
この話を別の言い方をすれば、第二言語習得はしょせん第一言語習得とは根本的に違うと言う事。
第一言語はCommunicationを通して、自然と苦労なく獲得しますが、第二言語はそうはいかないということ。